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<   2006年 05月 ( 20 )   > この月の画像一覧
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尖ってないpar-t-popだなんて。
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ハッと気付いた時にはボッチャリ君だった私。歳月とともに年々増加傾向にある体重をジッと見つめながら、私は物思いに耽ります。考えてみますと、私はその体型を指し示すあだ名が多かったのだなと改めて思うのでした。キャンキャン関。キャンキャンデブー。キャンキャンブー。常人の神経では決して耐えられないニックネームがクラスの移り変わり毎にズラリ。幼心のネーミングセンスには感心すると同時に、やはり子供ならではの非情さも。見たまんまの私は第三者にとって理解しやすいですが、そのニックネームの起源さえ不明という事はシバシバ。他人行儀なサン付けで滅多に呼ばない沖縄では特に多い事でしょう。かつて私がダイエットに成功した高校時代。母親は私に言いました。これ以上痩せないで。その言葉が示す通り、この豊満な肉体は私の大らかな性格そのものではないのでしょうか?主な趣味はダイエットでありながら、リバウンドという特技も持ち合わせている私の心境は少々複雑。乙女心みたいな感じなのかな。知らんけど。先日久々に友人と麻雀を打った時の事。負けが込んでいる友人は苛立ちながら、急かす私にこう言い放ったのです「ウルサい!この豚!」カタカナでもなく、平仮名でもなく、可愛さのかけらも感じない漢字の印象で。脳みそが既に脂で溶けかけているプライドのない私はその場で大爆笑。相手の自尊心を躊躇なく傷つける言葉。そんな言葉を生まれて初めて罵られ、正直ゾクゾクとする感覚を覚えました。決して沖縄が豚食文化だからではありませんよ。酷い言葉を使ってしまった友人にフォローを入れると、当然前後には楽しい会話の流れがあっての話。今までの友人達は酷い名前で呼びながらも、それなりに気を使っていたんだなぁと再認識。でもやっぱり私がセンセーショナルにデビューした浪人時代から使っているキャンキャンという響きが私の性格を表していて一番好きですねぇ。現在30歳。未婚。因みにゴッドファーザーは当時一緒に遊んでいた女子高校生(逆ナン)です。キャンキャンと呼ばれてはデレデレしておりました。ナツカシス。
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by te-ge-office | 2006-05-31 07:24 | secretの小部屋 twitter経由でコメントする
How Deep Is Your Love?
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2度の挫折を味わい、苦学の末に晴れて夢のキャンパスライフを送る事となったキャンキャン。しかしその場所は決して私が望んだ場所とは言えなかった某所古都(の隣)でした。自分の可能性を少しだけ信じていた私はもっと多くの人間に出会いたかったのです。このままじゃあイケナイ。1年後。憧れの大都会を捨てきれない私は仮面浪人となり、再受験。そして失敗。再度挫折を味わう事になるのです。まぁ特に何も用意してなかったので当然の結果なのですが。その2年後。バイト先だった沖縄料理屋のマスターより運命の人を紹介されました。私はこの人に出会うために某所古都(の隣)に来たんだと私は確信致しました。それから早10年。色んな事がありました。ともに沖縄のイベント等を手がけ、楽しんだ反面、私の20代は彼によってメチャクチャにされるのです。似た者同士の私達。お互いの意地の張り合いと意見の対立からやがて疎遠になりました。年齢で言えば年上の彼ですが、絶対の信頼を確信していた私が欲しかったもの。自分の非を受け入れる、ごめんなさいという言葉。ただのそれだけでした。私も含めて人間は完璧ではありません。過ちや些細なミス、誤算はあって当然。その時に必要な言葉。小学生でも知っている言葉。スグに言い訳をし、毎度自分自身のプライドを取り繕ってしまう彼。そんな彼に友人以上(家族)の付き合いをしていた私は愕然としたのです。昨日1年ぶりにまともに会話をしました。私の事が好きだと伝えてもらいました。辛い事など一瞬で忘れる単純な私はそれだけで心のわだかまりが払拭されました。関係者各位のみなさん。ご迷惑をおかけしました。関係は修復されました。と思います。また良い様に使われるなのだけでしょうが、静観したいと思います。私の30代のスタートは今日からなのでしょうね。ホントにコレで大丈夫なのかしら?こんなネタでゴメンナサイ。写真は今をときめくアノ人ヤングチャンピオンに連載していた時の読者プレゼントの品。高校時代から好きだったアノ人の絵を一生懸命描いて応募したら当りました。アノ人の人柄が伝わります。沖縄にも居たそうですよ。
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by te-ge-office | 2006-05-30 07:41 | KIOTOの宴 twitter経由でコメントする
ギャース!夢で逢いましょう。
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み、みなさん。おはようございます。なんか先週末は色んな事があってチョッチ風邪気味のキャンキャンです。土曜日。とある女性と2人っきりで密会(って訳ではないですが、この方が好き)映画をみて、お食事をしました。場の空気というものを一番気にする私が、笑いを取るわけでもなく、気の効いた返しをするわけでもなくギクシャク。プレッシャーに耐えきれなくなった私は、以前に誓った禁を破ってしまい、ついには飲酒まで。そうです。自称恋愛の達人キャンキャンは緊張しておりました。おかしいこんなはずでは。女性とデートじみたお食事自体が久しぶりと言う事もありますが、もう1つ誰も予想もしないであろう理由があるのです。話を朝まで戻しましょう。朝7時。平日より遅めの起床。新聞を読みながら今日1日の予定を組立てます。ところが、毎回サッと目を通すだけの運勢コーナーに、いつもではありえない言葉が目に入ったのです「11月生まれ:思いもしなかった異性と親しい仲になるが相性は大吉」ピキーン。日本語の使い方が少しおかしいですが、今日の予定の彼女の事でしょうか?なんでそんな事がお前達に分かるんだ!もしかしたら新聞社ぐるみの陰謀(誰の?)なのかも。当っていないからこそ楽しいはずの占い。教訓と言うか、どうとでも受けとる事の出来る抽象的な言葉をみるのが私は好きでした。いい加減な事を載せるなと抗議しようとも思ったのですが、ハッと我に返り、これから起こる事を考え、心を静めるよう徹しました。きっとコレで意識しない人間はいないでしょうね。私の頭の中は運勢欄の言葉だけが駆け巡り、空回り、本来持ちうる力を全然力を発揮できずヘベレケになっての帰還。あんな言葉に振り回されるとは正直思っても見ませんでした。情けない。キャンキャンってやっぱ単純なのね。1年程疎遠になっていた友人からごめんねというメール。正直嬉しい。と思ったらまたもや裏切られた。さて、一体どうなることやら?
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by te-ge-office | 2006-05-29 07:43 | secretの小部屋 twitter経由でコメントする
昨日の出来事。
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チ○コ、マ○コ、シ○コ、ウ○コ。ドコでそんな言葉を学習してくるのかも分かりませんが、子供達はこのような言葉に過敏に反応します。一瞬で場の雰囲気を制し、笑いをとる事のできる魔法の言葉。幼かった私も同様の記憶があります。子供の成長に悪影響を及ぼすであろうと勝手に大人が解釈(親が経験して来た善悪)し、隠そうとすればする程、子供は欲するものです。営みとはヒメゴトだからこそ楽しいというワビサビを重んじる日本人の感覚は当然理解できます。だからこそ生まれた独自の文化やプレイ(互いの距離を育む)もある事でしょう。しかしスポーツ感覚と言うかオープンと言うか。諸外国のように幼い頃から正しい性感覚を植え付ける事(あくまでメディアを介してのイメージ)は必要とも感じます。現在バツなし独身貴族の私は、産んでくれる相手が見つかる前から子供の性教育について真剣に悩んでおります。子供の名前を先に考えるのではなく。後の人生を大きく左右するであろう命名も確かに重要。しかし私にとって性教育とはもっと大切にしなければならない命題と捉えます。愛情の結晶が誕生した瞬間から性教育は始っているのではないかと私は思うのです。それは子供だけでなく、人間として親にとっても。それ故の教育。親は年齢差を考慮に入れなくても知識を提供する側。そのとき、親が性に対して柔軟な感覚とグローバル(?)な知識を持っていなければ偏った知識を植えかねません。私はそれを怖れます。学生時代、私の通う高校では保健体育の授業はありませんでした。私は自分の身体の事は理解できても、異性の身体に起こる生理やオリモノの事も知らなければ、オギノ式の計算方法も意味不明です。試験には必要のない事だから?人間として必要やっちゅーねん!そういう話は一切タブー。お固い私の家庭では未だにテレビでベッドシーンがでると一瞬にして凍り付きます。そんな母親は嘗て脈絡なくポツリと呟きました「女性の身体には穴が3つあってね、、、」恐らくお茶飲み友達と年頃の子に対する性教育の話が出たのではないでしょうか?いくら何でもセンス無さすぎ!これだけは絶対に避けたい。
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by te-ge-office | 2006-05-26 07:41 | erosの所作 twitter経由でコメントする
I Luv Spooooo!!!
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学生時代、特に就職活動をしていなかった私(忘れてた)は、社会人が入社して受ける諸々の一般常識に欠けています。特に電話応対はクセもあり、意外に難しい。コールセンターという特殊な職業を除いて、礼儀作法も馴れ合いが多い沖縄の企業では特に気にも止めませんが。いつまで経っても電話に不慣れな私は、電話を切るタイミングによく困りますね。といいますか、プープーという音を聞かなければ、その間に何か悪口を言われているんじゃないかと安心できません。沖縄人は全国的にみても通話時間が一番短い(ソース見つからず)そうです。とにかく自分が伝えたい要件を言ったら切る。南の国の住民達はみな大らかな民族性と思われがちですが、意外にせっかちで慌てん坊な性格なんです。私も同じ。以前帰宅途中に歩いていると、突然隣にあった公衆電話が鳴り響きました。公衆電話が鳴るという事実に驚いた私ですが、気になって何故かやっぱり受話器を取ってしまいました。はいもしもし。電話の主は声だけ聞けば、中年からオジィの辺りでしょうか「としひこぉ(仮名)もう、こっち来ているから早く迎えに来てねぇ」私が間違い電話の旨を指摘しようとする前に、要件を伝えて満足した電話主はガチャリ。オレオレ詐欺ではないのですが、煙に巻かれたような、狐につままれたようなヘンな感じ。としひこさんはちゃんとオジィを迎えに来たのだろうかと思うと、今でも心配でなりません。こういう電話に関する失敗は皆さんも持っているのはないでしょうか。私は過ぎ去った今でも目を覆いたくなる辛い過ちが1つだけあります。携帯電話が普及する前のお話。私は当時大好きだった彼女と部屋で寝転がりながら、深夜遅くまで楽しくお話しておりました。しかし好きと楽しいと睡魔は別。だぁーんだんと瞼が重くなっていき、ハッと我に返ったのは受話器が外れている時に鳴る大きな音を聞いてからでした。後悔しても後の祭り。何が起こったのか全く理解できません。彼女との関係はそれ以来うやむや(直接の原因ではないと思う)になってしまいました。意図してやった事ではないのですが、そのとき彼女は何を思ったのでしょうかねぇ?ごめんなさいね。
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by te-ge-office | 2006-05-25 13:19 | arteの庭 twitter経由でコメントする
パラレルワールドへようこそ
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オレンジレンジHYD-51等。今や沖縄は莫大なお金を生み出す素材家達の巣窟としてドコでも引っ張りだこ。多くの若者がそのチャンスを伺い、必死に布教活動(ライブ)に励みます。お前の好きそうな面白いイベントがあるってよぉ。行ってみれば?お金の価値観というものはそれぞれの立場や生活環境と、そのバランスによって微妙に変化していきます。使えるお金は決まっておりますので当然の事。ケチな私は多くても1,000円位がその分かれ目のライン。それ以上になると、やはり心身共に満足度(楽しみつつお腹もね)を求めてしまいます。シビアな話なのですが、私はまだ良い方で、多くの沖縄人にとってライブを見るのにお金を払うという意識は殆どありません。全国区の大物歌手が来沖すれば万券はサッと出てくるのに、それが名もない若手ですと、だぁ!イチャンダだったら見に行ってみようかねぇ?コレが基本。故に沖縄のミュージシャンの多くはストリート出身(半分冗談)なのです。果たしてこれで沖縄の音楽家達はプロ意識を持って育って行くのでしょうか?何気に心配になります。逆説的に捉えれば、この様な境遇だからこそ、金銭に惑わされずに見る人の心を掴んだ曲は素晴らしい。良い感性を持っているとも言えるのでしょうがね。後の世へと語りつがなければ行けないという暗黙の使命を帯びた沖縄伝統文化。そのおかしな使命は補助金という形になって行政より支給。そういう手段を持たない人は弟子や友人にチケットを渡す事(売れたらで良いよと言いながらも売れなかったら気まずい雰囲気。これがかなりの負担)によって糧を得のです。生活するために苦労して捌かなくても良いチケットには出演者の意識がどこかしら顕著に現れます。地元民はそういうイベントが行われている事すら知りません。かえって目にするのは現在の主流でもある観光客を相手にした気軽な民謡居酒屋。どこもかしこも同じような店舗が軒を連ね、地元民はコレまたやはり避け気味。安里屋ゆんた島唄(ウージは森になりません)もももう聞きたくないんだよぉ!お気持ち良く分かります。沖縄の守るべき文化とはどの方向へと向かっているのでしょうか?
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by te-ge-office | 2006-05-24 07:18 | musicaの旋律 twitter経由でコメントする
そう私が食べたかったのはコレ!
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こだわりの男キャンキャン。他の人が聞けばバカにされてしまいそうなつまらない事を多々こだわって生きております。ショップでサイズ合わせした洋服のたたみ方。傘の綺麗なたたみ方に靴ひもネクタイの結び方。A型の性格がこうさせるのでしょうか?当ブログを訪問して頂いている皆さんはご存知かも知れませんが、どうやら私は漢字にもこだわりを感じております。これは小学生の時にやっていた、文章全てを漢字に変換するゲームが原因なのでしょうか。このゲームの面白い所は普通のテストには有り得ない100点以上を取れる所。辞書を片手に調べる程に点数が増えて行きます。すると子供心にもっと点数が欲しくなるのは予想の範疇。根暗なキャンキャン少年は貪る様に辞書を愛しました。それは辞書の付録まで見る有様。いつの間にか漢字に親しみを覚えていたのです。普段使わない魚辺や書きにくい漢字を覚えると、どうしても書きたくてしょうがない。しかしPCや携帯の普及と歳月の流れと共に、私の頭の働きは日々鈍り、忘れてきております。この事象も受け入れなければイケナイのでしょうが、正直辛いですねぇ。便利になった反面に失うものがある訳です。父親が無造作に置いていった「ニューナッツボン」を何十年かぶりに食しながら、そんな事もしていたなぁと思い出しました。誰にも言ってはイケマセンが実はカタカナが苦手。じっと見ていると、段々変な文字に見えてきます。シャイな私はだから名前をカタカナで書きたがるのでしょうかねぇ?
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by te-ge-office | 2006-05-23 07:25 | secretの小部屋 twitter経由でコメントする
こりゃヤバい!萌えるぜ!
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現在私が最もプッシュしている沖縄のローカルイベント「ミラクル大作戦」が先週末に開催されました。第1回目の失敗から今回私はを絞め、気合いを入れ直しての参加。私の友人もサポーターとして5名が応援してくれています。コレは是が非でもサポーターの期待に報いなければ!前回の経験から注意すべきポイントは把握済み。女性陣の入場とともに速攻でチェックを始めます。第一印象はあくまで私が持つ男性の本能に従い、インスピレーションで決定。そしてフリータイムへ。勝負はココから。宴は順調に進行して行く中、絶対にゲトするぞー!の勢いとは裏腹に、私は先日決意してしまった決意から疎外感を味わってしまったのでした。アルコールを摂取しないと場の雰囲気に溶け込めず、楽しめないシャイな自分に腹立たしさをも感じました。ギクシャクとした会話。ひとり空回りしながら私本来の持ち味を披露出来ずに宴は結果発表のクライマックスへ。私に対するサポーターの目もどこか冷ややか。しかし!な、なんと周囲の予想を見事に裏切り、私はカップル達成してしまったのです「キャンキャンさーん!おめでとーございまぁーす」前回での私の不発を知る司会者は興奮覚めやらずに続けます「では13番の女性はコチラへどぞぉー」ザワザワザワ。アレレ?司会者は慌てています。どうやら彼女は先に帰ってしまった模様。予想外の成就に最初呆気に取られてしまったのですが、この結果には超ウケました。まさに大どんでん返し。私らしいですね。背負ったサポーターの期待は裏切らない私。又しても一番美味しい所を持っていっちゃいました。司会者は脂汗を浮かべながら、一応カップル達成だからと慰める様に話していたのですが、実はこの達成の裏側には卑劣な作戦が隠されているのです。女性と親睦を深める事が出来ずに非常に焦っていた私は、自分でイベントに誘った女性に標準を絞ったのです。それの何処が卑劣なのか。釣りに例えるならば、荒波と戦う男らしいトローリングと、然程危険はない養殖との違いと同じでしょう。他のライバルと比べても圧倒的にその差を埋めやすいのです。しかも達人は会話の中のある言葉に注目しました「キャンキャンは誰を選ぶの?」何気ない会話だったのですが、有段者の目は誤魔化せません。様々な思惑が交差します。悩み抜いた挙げ句。心が折れた私は知人の彼女を選びました。超格好悪いですね。そりゃ身の危険を感じた彼女も帰るわな。自分のキャラに有り得ない幸せな私は吐気がしますが、マニアックな女性は保護しないとねぇ?さてと。どしよ。
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by te-ge-office | 2006-05-22 07:54 | Lequioの夕べ twitter経由でコメントする
危険にさせているのは誰?
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情報化社会の現在ではその虚実(勘違い、誤植含む)を問わずしてありとあらゆる情報が溢れ返っております。気になる事があればスグ検索は常識。とは言え、ネット内の情報を全然信用していない私は、多くの人達と同じく客観的に情報をロム(沖縄ではスーミ)るのみでした。しかし去年の20日。何名かの知人の影響を受け、暇を持て余していた私はブログを作成してみる事に。いつの間にやら柄にもない流行ものに手を出していた私。そうです。明日で見事8131キャンキャンが開設1年を迎えます。カレンダー通りの営業で全263記事。当初は手軽に作れるブログに対してネタも沖縄関係で良いかなぁとお気楽に考えていました。しかし続けて行くうちに第三者を楽しませるネタの厳しさと言葉の選びの難しさを痛感させられたのです。著名人がやっているブログとは異なり、少ない範囲で閲覧して頂いているこのブログ。私も同様に現在いくつかのブログを定期閲覧しています。他人を楽しませる事とは?また見に来たくなる文章とは?私の好みは等身大の身近な自分を、ある一定のルールを持って語っているブログ。そして私のブログにも幾つかのルールはあります。これを発言してしまうとチョー恥ずかしいのでなるべく感じ取って下さい。意地でも毎日継続する。味に好みが分かれる食べ物の事は絶対書かないとか、当たり前の常識的なしょーもない事です。飽きっぽい私は今、達成感に満ち溢れ、感無量。きっと辞めるんだったら今なのでしょうね。最後に私が閲覧している面白い沖縄ブログを紹介します「海人とーちゃんの元気が出る絵日記」「プカプカプー」小技が効いており、秀逸なブログです。私も色々と模索しながら皆に楽しんで貰えるブログを目指して精進していきたいと思っております。これからも宜しくお願いします。皆さんも面白い沖縄ブログがありましたらご紹介下さい。昨日三線練習の帰り。先生にバス賃(1,000円)をたかられました。会費を納める人が少ないんですよ。先生ゴメンね。
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by te-ge-office | 2006-05-19 07:32 | Lequioの夕べ twitter経由でコメントする
大雑把な自販機。
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最早この2つの関係性は切っても切り離す事は出来ません。付随する様々な思惑と、人類がしか行えない非生産性な営み(求愛)として存在しうる言葉。それが文化として成立する由縁?時の流れと共にいつしかお芸術には付き物となってしまったキーワードであるエロ。何故なのでしょうね。数多の芸術家たる人間が取り組んできました。中には前衛的な小難しいエロをやっていれば、アートなんだと勘違いする人も多いのではないでしょうか。しかしそれは表現方法としてのあくまで選択肢の1つに過ぎません。俗っぽいエロの中に剥き出しの人間性。それを突き詰めれば芸術になり得るのかも知れませんが、高尚なエロという日本語は理解し難いですね。予備校時代。賢明に受験のための素描を繰り返していた私はある転機を迎えます。煩悩が脳から溢れ出している男性には憧れのヌードデッサン。芸術の名に於いて公然と異性の裸体を拝める行為。私自身も後にも先にも1度きり。正直メディアを媒介せずに、私が母親以外で生まれて初めて見る異性の身体でした。衣服を纏わない筋肉の流れを追うのであれば、隆々しい男性が適任でしょう。どうして女性なのか?場内は完全にシャットアウトし、ローブを羽織った30前後の女性が入場。普段の授業にはない妙な空気が辺りを包み込みます。その光景だけでもうチェリーキャンキャンは大興奮。こんな場所で脱いでも良いのかな?幾ら貰うんだろ?脳内の俗っぽい妄想とエンドルフィンはダダ漏れ。しかしローブを脱いだ瞬間、私は息を飲みました。私の考えは幼稚なんだと思い知らされました。普段何をしているのかさえも知らないその女性の身体は優しさに満ち溢れ、ハッキリと美しかったのです。恐らく初めての裸体だったというのが良かったのかも知れません。数分間静止したポーズを何度か繰り返してもらいながらエスキースするのですが、今まで積み重ねたものは全く発揮できませんでした。未だかつて経験した事のない状況に翻弄されたウブな私。もう2度と経験できないこの感情をいつまでも忘れない様にしないといけませんね。沖縄ローカル芸人の我喜屋さんが急逝しました。非常に残念。
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by te-ge-office | 2006-05-18 07:24 | arteの庭 twitter経由でコメントする


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